JR日南線・日向北方駅のホーム側外観

串間市の北方(きたかた)地区は、串間市の北東部、福島地区(市の中心部)の北に隣接するエリアです。北方川の流域に田畑が広がり、国道220号とJR日南線が地区を貫く、農業を基盤にした静かな生活圏というのがこの地区の素直な姿だと思います。観光地として大きく取り上げられることは多くありませんが、もとは独立した「北方村」だった歴史を持ち、いまも地名にその名残が残っています。

この記事では、北方地区の成り立ちと、国道220号・日向北方駅を軸にした暮らしの様子を紹介し、後半では串間市への引っ越しを考える方向けに、転入手続きの窓口や見積もり時のポイントもまとめます。


北方村から福島町へ。串間市が生まれる前からの土地

北方の歴史は、串間市そのものよりも古いところから始まります。明治16年(1883年)9月、那珂郡の北方村と南方村が合併して「北方村」が成立しました。その後、昭和26年(1951年)1月1日、北方村は隣接する福島町に合併され、大字北方として福島町の一部になります。このとき福島町は大字北方・南方・秋山・串間などを含む7大字に拡大し、世帯数3,679戸・人口19,204人と、当時の宮崎県内で飯野町・高鍋町に次いで3番目に人口の多い町になったと伝えられています。

つまり、北方地区は串間市が発足する3年前の時点で、すでに福島町の一部になっていたということです。串間市自体は昭和29年(1954年)11月3日に、福島町・大束村・本城村・都井村・市木村が新設合併して誕生しました。北方はこのとき新たに加わったのではなく、福島町の一部として、そのまま串間市に組み込まれた土地ということになります。

現在、串間市は福島・北方・大束・本城・市木・都井の6地区に分かれていますが、北方地区には支所がなく、行政の窓口は福島地区にある市役所本庁が担っています(手続きの詳細は後半で紹介します)。

北方地区には、もうひとつ興味深い歴史が伝わっています。室町幕府6代将軍・足利義教の弟にあたる足利義昭(大覚寺義昭、3代将軍・義満の子)が、京都から逃れて日向国串間を治めていた鍋蔵氏のもとに身を寄せ、大字北方にある永徳寺(串間市大字北方5768、臨済宗相国寺派)に潜伏していたものの、嘉吉元年(1441年)3月13日にこの地で自刃したと伝えられています。永徳寺の境内には義昭の墓と伝わる五輪塔が残っており、串間市の歴史の中でも北方地区ならではのエピソードのひとつです。


串間市の地理と人口。宮崎県最南端のまち

串間市は宮崎県の最南端に位置し、東は日向灘、南は志布志湾に面する市です。面積はおよそ295km²、隣接自治体は日南市・都城市と、鹿児島県の志布志市です。市域全体に丘陵地帯が多く、平坦な土地は北方川や福島川などの流域に限られます。気候は温暖で、年平均気温は18℃程度、積雪はほとんどない地域です。

人口は1970年の31,734人をピークに減少が続いており、2020年の国勢調査では16,822人、2026年6月1日時点の推計人口はおよそ14,400人台まで減っています。とくに1960年代から1970年代にかけて人口減少が大きかった時期があり、宮崎県内の他の中山間地域と同様、高齢化と人口減少が続く市です。北方地区も串間市全体と同じ傾向の中にあり、地域連携組織「北方秋山郷の会」のような住民主体の支え合いの仕組みが大切にされている背景には、こうした人口動態があります。


北方秋山郷の会。住民が支え合う地域連携組織

北方地区には、地域連携組織「北方秋山郷の会」があります。平成29年度(2017年度)から設立に向けた協議が進められ、令和3年(2021年)11月5日に正式に発足しました。「住民同士が支え合い、課題の解決に向けた取り組みを実践するための仕組みづくり」を目的に、

  • 高齢者・障がい者への支援
  • 防災・防犯、災害時の対応
  • 健康づくり

の3つを重点目標の柱として活動しています。決まった活動内容は、不定期発行の機関紙「みんなのまち きたかた通信」で地区内に周知されています。支所を持たない北方地区にとって、こうした住民主体の組織は、行政サービスだけでは届きにくい部分を補う役割を担っていると言えそうです。


北方川流域の農地と、国道220号・JR日南線の動線

日向北方駅の駅名標

北方地区は北方川の流域に位置し、串間市全体の主産業である農業が地域の基盤になっています。温暖な気候を生かして早期水稲、サツマイモ、完熟マンゴー、キンカン、ピーマン、きゅうりなどの栽培が盛んで、宮崎牛の畜産も行われています。北方地区も、こうした串間市の農業地域の一角を担う土地です。

串間市の農業をもう少し詳しく見ると、キンカンは1月中旬から3月までと出荷時期が限られる中で高い糖度を売りにした特産品で、サツマイモは「ヤマダイかんしょ」が「赤いダイヤ」と呼ばれ、地理的表示(GI)保護制度に登録されています。畜産では、肉質等級4等級以上のみが名乗れる「宮崎牛」が全国和牛能力共進会で最高賞の内閣総理大臣賞を複数回受賞するなど、全国的にも高い評価を受けています。沿岸部では伊勢えび漁も行われ、串間市は農業と漁業の両方を基盤とするまちです。北方地区は海に面していませんが、こうした串間市の農業を支える内陸側の生産地のひとつという位置づけになります。

交通の軸になっているのが国道220号とJR日南線です。北方地区のすぐそばには、その名も「日向北方駅」というJR日南線の駅があります。1935年(昭和10年)に当時の志布志線の駅として開業した、古くからの駅です。1971年に無人駅となり、現在はホームと待合スペースだけのシンプルな無人駅として、地区の人たちの足になっています。駅のすぐそばを国道220号が通り、近くには串間神社もあります。

また、宮崎県道48号市木串間線の終点(日向北方駅前交差点、国道220号交点)も北方地区にあり、市木方面から北方を結ぶ生活道路として機能しています。

日向北方駅の駅名標とホーム

学校は串間市立北方小学校(大字北方4894番地)があります。1874年(明治7年)5月に「大田井小学校」として創立され、1880年(明治13年)に「北方小学校」へ改称、1954年(昭和29年)の串間市発足にあわせて現在の校名になりました。1885年には塩屋原小学校と合併するなど、地域の小学校を統合しながら歴史を重ね、1975年の創立100周年ではプールが記念事業として整備されています。2024年には創立150周年を迎えました。校区は大字北方・串間・南方(一部、越ヶ谷)で、中学校は2017年(平成29年)4月に北方中学校が閉校したため、現在は串間市立串間中学校の学区になっています。


北方地区から見た串間市の中心部

JR日南線の串間駅

北方地区は福島地区(串間市の中心市街地)に隣接しているため、買い物や通院、行政手続きなどで福島地区へ出る機会が多くなります。福島地区にはJR日南線の串間駅をはじめ、串間市役所、串間警察署、串間郵便局、串間市消防本部など、市の中心的な機能が集まっています。

串間市役所の庁舎
串間警察署

串間警察署の周辺は、建武2年(1335年)に野辺盛忠によって築かれたと伝わる櫛間城(くしまじょう)の城域だった場所でもあります。シラス台地を生かして築かれた城で、元和の一国一城令(1615年)により廃城になるまでの約280年間、串間地方の政治・軍事の拠点でした。城主は時代によって野辺氏、伊作氏、島津氏一族などへと移り変わっており、北方地区の永徳寺で自刃した足利義昭にまつわる事件の際には、当時の城主・野辺盛仁が責任を問われて城を去ったと伝えられています。北方地区の歴史エピソードが、福島地区の城の歴史ともつながっている点は興味深いところです。

串間郵便局
串間市消防本部

買い物や地元の農産物を求めるなら、国道220号沿いの「道の駅くしま」も生活圏に入ってきます。地元でとれた野菜や果物、海産物を扱う直売所や飲食コーナーがあり、北方地区を含む串間市全体の農業の実りを身近に感じられる場所です。

道の駅くしまの外観
道の駅くしまの農産物直売・飲食コーナー

引っ越し屋の目線で見る北方地区

ここからは引っ越し屋の目線です。北方地区は田畑と住宅が混在する農村的なエリアで、市街地とは違う事前確認のポイントがあります。

1. 国道220号からの取り付け道路の幅を確認する

北方地区の生活道路は、国道220号から枝分かれする形で田畑や住宅地につながっているところが多く、道幅は場所によってさまざまです。軽トラックは小回りが利くため細い道にも対応しやすいのですが、トラックが入れるか、どこで荷物を積み下ろしするかは、現地写真があると見積もりの精度が大きく上がります。たとえば「家の前まで2tトラックが入れるか、それとも手前で台車に積み替える必要があるか」は、当日の作業時間と人員配置に直結するポイントです。同じ大字北方でも、本線沿いと田畑の奥まった集落では道路事情がまったく違うことがあるので、住所だけでなく現地の様子を一言添えてもらえると助かります。

2. 農村部は近隣との距離感に配慮する

農地が広がる地区では、住宅同士の距離が市街地より離れている一方、軽トラックでの農作業や生活動線が日常的にあります。作業時間帯や駐車スペースについて、近隣の様子も含めて事前に伝えてもらえると、当日の調整がスムーズです。早朝から農作業に出る世帯も多いエリアなので、トラックの駐車や荷物の搬出入で生活道路を一時的にふさぐ場合は、近隣への一声があると気持ちよく作業を進められます。

3. 日向北方駅周辺は踏切・線路をまたぐルートに注意

JR日南線が地区を通っているため、駅周辺や線路沿いの移動では踏切を渡るルートになることがあります。大型車両の場合、踏切の幅や交差点の形状によっては迂回が必要になるケースもあるので、移動元・移動先の住所が分かれば、事前にルートを確認しておくと安心です。県道48号市木串間線が日向北方駅前交差点で国道220号と接続している通り、駅周辺は地区内の道路が集中する場所でもあるため、時間帯によっては通学・通勤の車と重なることも想定しておくとよいでしょう。

4. 農機具・農作業用品の運搬は事前申告を

農業を営む世帯の引っ越しでは、家財だけでなく耕運機や噴霧器、農薬・肥料の保管用品など、通常の引っ越しとは異なる荷物が出てくることがあります。サイズや重量によって積載方法や必要な人員が変わるため、「大きな農機具がある」「ガソリンなど取り扱いに注意が必要なものがある」といった情報は、見積もり時にあらかじめ伝えてもらえると、当日になって慌てずに済みます。

5. 転入手続きは串間市役所(本庁)市民協働課へ

北方地区には支所がないため、転入届などの住民登録の手続きは串間市役所本庁の市民協働課(串間市大字西方5550)が窓口になります。受付は平日午前8時30分から午後5時15分まで(土日祝・年末年始を除く)。転入届には前の市区町村で発行される転出証明書や本人確認書類が必要なので、転出手続きとあわせて準備しておきましょう。電話でのお問い合わせは0987-72-1111です。市役所のほか、串間警察署や串間郵便局も福島地区に集まっているため、引っ越しのタイミングで運転免許証の住所変更や郵便物の転送手続きもあわせて済ませておくと、後々の手間が減ります。

6. 福島地区(市中心部)との行き来も考えておく

北方地区は福島地区(串間市の中心市街地)に隣接しているため、買い物や通院などで福島地区へ出る機会も多くなります。引っ越し作業の前後にこうした移動が発生する場合は、国道220号の混雑しやすい時間帯も考慮しておくと、当日のスケジュールが立てやすくなります。道の駅くしまのような直売所も福島地区側にあるので、引っ越し後の生活動線をイメージしておくと、新生活の買い物計画も立てやすくなるはずです。

7. 北方秋山郷の会など地域の支え合いも知っておく

北方地区には地域連携組織「北方秋山郷の会」があり、高齢者・障がい者支援や防災・防犯、健康づくりを軸に活動しています。とくに高齢の家族がいる世帯の引っ越しでは、こうした地域の支え合いの仕組みがあることを知っておくと、新生活への安心感につながります。引っ越し後の地域行事や回覧板のルールなどは、近隣の方や自治会に確認しておくとスムーズです。

8. 見積もり時に伝えるとスムーズなこと

  • 移動元と移動先の住所(大字・字まで分かるとより正確です)
  • 希望日と時間帯
  • 建物の種類(戸建て・アパートなど)と前面道路の幅
  • 国道220号からの入り口や踏切を通る必要があるか
  • 冷蔵庫、洗濯機、農機具など大きな荷物の種類
  • 建物前・通路の写真

まとめ:北方地区は「福島町だった土地」が育んだ農の暮らし

北方地区は、串間市が発足する前から福島町の一部として歩んできた土地で、いまも北方川流域の農地と国道220号沿いの生活が、地区の暮らしを形づくっています。永徳寺に伝わる足利義昭の歴史や、住民同士の支え合いを支える「北方秋山郷の会」の活動など、規模は大きくなくても、地に足のついた歴史と暮らしが積み重なってきた土地です。派手な観光資源があるわけではありませんが、地名の歴史と、農業を中心にした落ち着いた生活圏という北方地区らしさは、暮らしてみると実感しやすいところだと思います。串間市自体も人口減少が続く中山間地域ですが、温暖な気候を生かした農業と、住民の支え合いの仕組みが、この土地の暮らしを支えています。

ドーズキャリーサービスでは、串間市内の引っ越し、宮崎市と串間市のあいだの引っ越し、単身引越しなどを承っています。北方地区のような農村部は、取り付け道路の幅や踏切の有無など現地の条件が効いてくるエリアなので、写真を使った事前相談がおすすめです。単身引越しは8,000円〜、単身引越しパックは2時間13,500円〜でご案内しています。電話受付は8:00〜20:00(0120-931-677)、メールは[email protected]でも承っています。拠点(宮崎市青島西)から串間市中心部までは、国道220号経由でおよそ100分前後が目安です。

参考にした情報は sources.md、写真のクレジットは image-attributions.md にまとめています。